Thereis07

7兄についてformybrother

僕が一歳になるかならないかの、ひばりが丘時代、てんぷら油に火をかけたとき、母は僕が泣いているのに気が付いた。

母が僕に乳をあげていると、鍋は火を吹いた。キッチンの天井まで、火は届いた。

キャーと声を上げる母。外で遊んでいた兄は、状況を察し、急いで向かった。消火器を探しに

防火坂から消火器をやっとこさ持ってきた兄。その瞬間、母はキャーと叫んだまま、濡れぞうきんで炎を消し止めていた。

兄は、正確だ。それは間違いない。

だが、どこかピントというか、タイミングがずれているところがある。

だいたい七つ年上というと、弟にとってはもう第三の親だ。ケンカにもならない。お互い不満があってもあいつはあいつということになる。相手にしない。

ただ小さい頃、プロレスごっこなどをやると歳の差を思い知らされた。

こっちは幼稚園生、あっちは中学生だ。

兄がふざけて大技ローリングアタックなどを繰り出してくる。まともに食らう僕。気絶するほど痛い。

ボクシングに厳格な階級分けがあるのも、理屈でなく身体で僕は理解できる。とにかく、一発一発の重さが違うのだ。柔よく剛を制すなど、術によって小が大を倒すのは美しいが、物理法則はそう簡単には理想を達成させてくれない。

兄は小さな頃、よく取っ組み合って遊んでくれた。

ナイフアタックとでも言おうか。映画ランボーが注目を集めたころ、僕たち親戚の男の子の中で、発泡スチロールをナイフ形に切り抜き、それでチャンバラごっこをする遊びが流行った。

ナイフで肩を切れば勝ちだ。たとえば右手を切られれば、それ以降は左手だけで戦わなければならない。両手を切り落とされると負け。

僕はこの遊びが結構得意だった。術によってだ。

工作が得意な僕が、ランボーを忠実にまねて作った実用性抜群のナイフ。それを手にすれば、兄との体格差はそれほどハンデにならない。

僕は五分以上に戦った。なぜ兄は負けるのか不思議だっただろう。するっと僕はナイフを滑らせ、勝ってしまうのだ。

ある時、両肩を切り落とされた兄は、それでも負けを認めずに、ボディアタックをしかけてきた。両腕が使えないならボディで戦ってやる、ということだったのだろう。

勝って停戦状態だった僕は、兄のボディアタックを正面から食らった。

ごく単純な物理法則として、幼稚園生の僕はまともにふっとび、床に叩きつけられた。

いつも冷静な兄が、こんなにも小さな僕に対してむきになるのに驚いた。むきというか、本気だ。

いつも兄は僕を甘やかしていた。僕は、甘えるだけ甘えた。対等の立場には決してなれないというあきらめの甘えだった。

が、対等にモノを見て、ともに考え、時には対立する、そんな日もやがてくるのかもしれないと思った。同じ地面に立つ、同じ血を受け継ぐ二人の男なのだから。

とても楽しい思い出だが、じんじんするほど痛い思い出だ。

七つ年上ということで、僕が中学生になる頃には兄は大学生、僕が大学生になる頃には兄は企業の中間管理職を務めていた。思春期、かみ合う会話をした覚えはない。

兄は中学生くらいの時、父と対立し、それ以降、あまり家にいるのが好きそうではなかった。高校時、一年間アメリカはニュージャージー州に留学し、それから洋ものかぶれになった。大学は得意の英語を活かして国際基督教大学に進み、リベラルアーツをみっちり学んだ。

放課後はアルバイトばかりしていたから、僕と顔を合わせる機会はなかった。夏休みなど長期休みも、アルバイトで貯めた金でアメリカにずっと滞在していた。青年期、兄と共有する思い出はない。

兄は努力家で、コツコツと勉強し、英語を完全にモノにして外資企業に入った。一方、僕は兄の影響で英語を少しかじったものの、語学という分野では、常に上には上がいるということを大学で悟った。兄は英語でロシア語を勉強するという離れ業をやり、僕も真似して英語でスペイン語を習ったが、あまりうまくはならなかった。ところが大学の同級生には平気で五か国語も六か国語も喋る奴がいて、激しい劣等感に苛まれた。そのころから僕は外国語はほどほどにしておいて、自己表現は日本語に集中しようと思った。

兄は外資企業で、一年の4分の1くらい海外で過ごす。一方、僕は、土建業という、どニッポン企業で働く。ただ、ようやく二人とも社会人中年になり、母と父の死をともに乗り越え、同じ視点で世の中を見られるようになってきている。

僕と同じ視点ということは、兄もまた、すっとぼけた面があるということだ。そこをよく兄の嫁さんに突っ込まれている。

僕はこのすっとぼけた性格をどうにかしようということで、まずはダイエットを始めた。この2年で30キロほど痩せた。兄嫁からはすごい自己管理能力だねと褒められる。兄も僕を意識してか、誕生日までに10キロやせるか、禁煙する。さもなくば嫁に10万円払うという賭けを始めた。そして、負けた。

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