創造する娯楽は良い文化。

きさらづしみんです。最近、生活のリズムが

他の人より4〜5時間ほど繰り上がり、

2時〜3時には目が覚めています。

寝るのも10〜11時くらいで、

睡眠時間も3〜4時間で固定された感あり。

それでも一日眠くないので、それはそれで良しとしよう。

さて、今日書いていくのは、

生活における楽しみについてです。

皆さんは何を楽しみにして生活してますか。

好きなことをして過ごすのがまず第一ですよね。

家にいる時、外を出歩く時、人と会うとき。

様々な時があると思いますが、

それぞれの楽しみ方で私が勧めたいのは、

「消費するのではなく、創造を楽しみとすること。」

ですね。

消費とは、個人的な定義ですが、

お金を使って楽しみを得ることです。

大抵の娯楽は、必ずお金が必要なもの。

物を手に入れるにせよ、

外出時に食事や遊ぶをするにせよ、

必ずお金が必要になると思います。

勿論、お金は有限なものなので、

使いすぎると、後に悪影響がでたり、

例えば、貯蓄できるお金が減るであるとか、

買いたいものが出来たりと、使いたい機会が訪れても、

その時には、振るべき袖がなくなっていたりするもの。

お金を使う楽しみは、上限が人それぞれにあるにせよ、

限界が訪れることだと思うのです。

私も今はお金については非常に節制しているため、

このお金を使う楽しみにおいては、

殆ど出来ないような状態だったりします。

そして、消費というものは

「人としての知識や格式を上げるものではない。

 ヘタをすると下げることにも繋がるもの」

ではないか、と思うのです。

それは、お金を使って物事を得るのは

「人としての欲望」が

させていることだと考えるからです。

欲望とは劣情です。

物によっては、低俗なものも含まれます。

低俗と考えるもの、高尚と考えるものは

これまた、人によって範囲が異なるので、

一概にどれかは言い切れませんが、

誰しもが、「これは・・・・」と思うものは

ここでは明言しませんが、あるものです。

消費による楽しみは、有限であり、

そして、あくまでその場の楽しみのみ。

一過性の事象であると思うのです。

これを読んでいる皆さんはどう思いますか。

さて、今回が僕が提示している

「創造する楽しみ」とはどういう事なのかというと、

今、私がやっていることですね。

文章を書くこともそのひとつです。

文章は相手に主張することです。

その主張は多かれ少なかれ、読み手の影響を与え、

人によれば書いて有ることを参考にして、

生活に活用する人も居るかもしれないです。

小説家や評論家、学者など

文章により本を出版をする人は

私が書くものなど比べ物にならないほど、

知恵の付くものを書き、生きる道を示しています。

そう。

文を読むこともまた、創造することに含まれます。

創造するものとは、自分自身。

自分自身の考えや行動に付け加え、

生活に大いに役立てるということです。

文章を読み書きすること。

創造する楽しみ方の一例を出しました。

これと同じベクトルで言うならば、

絵を描いたり、楽曲を書くこと。

曲を書くまでには至らなくても、楽器を弾くこと。

絵を作る、音を作る。

それを見聞きしした人に影響を及ぼすのです。

物を作るということで言うならば、

具体的に物質的なものも面白いです。

小物を作る、毛糸で服を編む、

人によっては彫刻をしたりと

大掛かりになることもあります。

これもまた、物を作るということで

送り出す側、受け取る側に刺激を与えます。

今、私がやっていることで言うならば

「学習」ですね。

私の場合は、具体的に資格の勉強です。

以前、私はMicrosoft Officeの資格を所得しましたが

長い間使っていなかったことから、

技術が錆びついてしまいました。

これらを修復するため、学習し直しているのです。

毎日3時間ほどを使って、学習に勤しんでいますが、

その学習がまた私の気持ちを高めます。

嫌なことどころか、問題が出来ることが

非常に嬉しく感じられるのです。

先程申し上げた毎日3時間やることもまた、

全く苦になりません。

勿論、時間が長くなると飽きてくるので、

3時間が限界ということはありますが、

それでも、毎日続けられるのは芳しいことです。

具体的な能力を身につけるだけでなく、

資料を見て、知識を得て、考えをまとめるのもまた、

非常に時間の使い方としては有意義です。

(これは先程申し上げた、文章を読むことに繋がります。)

私の友人は世界の在り方を解明するために、

様々な資料に目を通し、ネット上にある情報を集め、

考えを着々と形成しているようです。

そんな難しいことではなくても、

趣味の領域のデータや事象を見て、

覚えるでも、概要を掴むでも、得るものがあれば、

それは学習の領域です。

そこに楽しみを見い出せば、インターネットを使って、

常に出来ることなので、家で過ごす時間を

一切退屈せずに済むというものです。

ここで注意書きですが、

消費を伴う、一過性の楽しみが、

悪いものと断言しているわけではありません。

一過性のもので、大いに楽しみがあるならば、

それをしないで我慢することは

かえって精神衛生上、良くありません。

そういうこともまた、やることに意味があります。

ただ。限度があるとは思うのです。

金銭的な限度、時間的な限度、精神面の限度など、

一辺倒では、やはり具合が悪いと思うのです。

そこで、私が思う「創造的な楽しみ」が

「消費的な楽しみ」にクッションを入れ、

娯楽を得る生活に幅が出ると思うのです。

ぜひぜひ、何かしら作ること、

知識や思考を豊かにするようなこと。

こういう行動を生活に組み入れることを

勧めたいな、と思います。